検算の世界を見てみる。no.207
検算の世界を見てみる。
6-31,11:24,1mis
検算をしていると
通常で解くパターン と
検算で解くパターン が
生まれることに気付く。
昨日はどちらが「はやい」かという基準で見ていたが、
はやい・おそいの話ではなく
2つの解き方がある、だけだ。
これはどちらがいい、という話ではなく、
どちらも必要なのだ。
これらの式は表裏一体となっていて
どちらかに傾くとバランスが悪くなるのだろう。
どちらも必要なのかもしれない。
と書いてみて
いや、わからない。
文章を綺麗に書きこうとしている自分に気づいたので、これはこれで無しだ。
でも、こんなプロセスで書いていることを記すために残しておこう。
まぁいつも「書く」というのは「てきとう」なもので
その時に思いついたことをそのままツラツラと書いている。
書いている中で何かが見るかるということはよくあるのだ。
今回みたいな「検算の~」とテーマを持って取り組む時もある。
でも、そのテーマに沿ってうまく気づき降りてこない場合は
今のような「てきとうな書く」が出てくるのだ。
ここで「てきとうな書く」が生まれるおかげで
「書く」っていうどういうことなのかが整理できる。
それはそれでいいのだ。
つまり、テーマを持って書くと
テーマに沿った内容でなくても
書くことで何かが生まれる。
書き始めが苦手ならば
テーマを持って書こうとすると
書き始められ
結果的にテーマに沿ってなくとも
書くことで何かが生まれればそれはそれでよいのだ。
では、何のために書くのだろうか。
言葉にする、とはどういうことなのだろうか。
言葉にすることで自分の考えが整理される、とはどういうことなのだろうか。
んー、
というより
自分の言葉で自分で表現することが
ただ楽しいのだ。
自分の思ってもいない「じぶん」に出会えた時に
僕は楽しいと感じる。
なんだろうか、これが学ぶということなのか、、、な。
おしまい。